ときに非常に広大で、またときにきわめて深遠な、独創的なイメージの世界が、展示室いっぱいに拡がります。
今や遠い過去となった1960年代は、国内外の若者たちがあらゆるジャンルにおいて、こぞって新しい思想や感性を表出させた特異な時代でした。その60年代に青春期を過ごし、研ぎ澄まされた視覚と言語感覚をもって独自の世界を逍遥していたのが、知られざる青年画家・難波田史男(1941-1974)です。不慮の事故により32歳の若さで他界してしまいましたが、15年足らずの短い活動期に、2,000点を超える作品を描き残しました。
その多くは水彩とインクを使った空想世界の描写です。写実や構成といった絵画の基本をよそに、史男は内から溢れ出るイメージの数々を、一貫して自由なスタイルで描いています。画家として大成することを目指すというよりは、想像世界をひとり遊歩しながら、創作による冒険を重ねていたといってもいいでしょう。その背景には、旺盛な読書やクラシック音楽から得たインスピレーションもあったようです。また、日記やノートに刻まれた随想や詩篇にも、絵画作品と響き合うかのような史男独自の言葉の世界が拡がっています。
本展では、当館が所蔵する全800点余の史男作品のなかから、秀作・約300点を選りすぐって展覧します。短い画歴のなかでも、その作風はときに大きく変化し、人知れず葛藤を重ねていた無名の青年画家ならではの、果敢な実験の軌跡を見てとることができます。「自由」のみを糧に、遠く深く未知の世界へと冒険を繰り返した史男という存在に、没後40年を経た今、わたしたちは改めて新鮮な驚きと共感を覚えることになるでしょう。
不条理の最高の喜びは創造である。
この世界に於いては、作品の創造だけがその人間の意識を保ち、その人間のさまざまな冒険を定着する唯一の機会である。
創造すること、それは二度生きることである。
史男、27-28歳頃、1968-69年頃のノートより
その多くは水彩とインクを使った空想世界の描写です。写実や構成といった絵画の基本をよそに、史男は内から溢れ出るイメージの数々を、一貫して自由なスタイルで描いています。画家として大成することを目指すというよりは、想像世界をひとり遊歩しながら、創作による冒険を重ねていたといってもいいでしょう。その背景には、旺盛な読書やクラシック音楽から得たインスピレーションもあったようです。また、日記やノートに刻まれた随想や詩篇にも、絵画作品と響き合うかのような史男独自の言葉の世界が拡がっています。
本展では、当館が所蔵する全800点余の史男作品のなかから、秀作・約300点を選りすぐって展覧します。短い画歴のなかでも、その作風はときに大きく変化し、人知れず葛藤を重ねていた無名の青年画家ならではの、果敢な実験の軌跡を見てとることができます。「自由」のみを糧に、遠く深く未知の世界へと冒険を繰り返した史男という存在に、没後40年を経た今、わたしたちは改めて新鮮な驚きと共感を覚えることになるでしょう。
不条理の最高の喜びは創造である。
この世界に於いては、作品の創造だけがその人間の意識を保ち、その人間のさまざまな冒険を定着する唯一の機会である。
創造すること、それは二度生きることである。
史男、27-28歳頃、1968-69年頃のノートより