古今東西をあそぶ
版画ざんまい、面白手作り工房へようこそ!
横浜に生まれ、東京で育った川上澄生(1895-1972)は、1921年、26歳のとき、宇都宮で旧制中学の教員になるとともに、本格的に木版画の制作を手がけるようになりました。その後、戦中戦後の4年ほどを除けば、他界するまでのおおよそ50年間を、一教員としてこの地で過ごし、その間、市井の一隅にあって日々の暮らしのなかから、そして遠く江戸期や明治期への憧憬、少年時代への郷愁のなかから、独自の画趣を紡ぎだし、ひたすら木版画の世界に刻みつづけていったのです。
それはまさに、「古今東西をあそぶ」というにふさわしい、何ものにもとらわれない自由奔放な「心の遊び」の世界でもありました。個々の作品は、高邁な芸術的理想や画壇的な野心からは離れ、小さな工房で日々繰り返される手作り仕事の、その素朴な制作の喜びと、川上ならではの私的な詩情やユーモアに溢れるものばかりです。板目を刻み、ばれんで刷りだしてゆく版画一枚一枚を、川上はときに絵葉書にし、カードにし、また手作り本にして、友人知人に贈り、またある時は、同人誌や版画雑誌に寄稿し、大小さまざまな展覧会にも出品しつづけてゆきました。そうした繰り返しが、いつしか川上の名を木版画家として世に知らしめることにもなっていったのですが、一介の教員としての平凡な生活のなかにあって、作り手としての川上が望んでいたことは、必ずしも著名な芸術家として注目を集めることではなかったといえるでしょう。
本展では、川上澄生の木版画の世界を、主題ごとの分類による全8章の構成をもって概観します。創作版画運動にも連鎖していた頃の、最初期の代表作である≪黒き猫≫(1922年頃)や≪初夏(はつなつ)の風≫(1926年)から、疎開先の北海道にあって多数制作した物語の版画本、あるいは後年になって大きく開花した南蛮渡来ものを主題とする作品や、文明開化に沸いた明治の風情を伝える作品まで、川上作品の全貌を見渡す構成となる予定です。長きにわたる版画人としての足跡において、川上は必ずしも技法上の熟達や審美的な洗練を目指した作家ではなかったといえるでしょう。むしろ、木版画ならではの素朴な風合いを、同じ主題においてもさまざまな角度から試してゆき、何よりその楽しさに熱中した人であったように思われます。静物、風景、人物といった古典的な主題から、古今東西の物語や南蛮・明治といった川上ならではの主題まで、川上が版に彫り、紙に刷りだしたものはさまざまでしたが、そうした主題それぞれについて、川上が何を考え、どのようなことを語っていたかを知るために、平明ながらも味わい深い川上自身の文章も、あわせて紹介したいと考えています。
本展には、川上の地元・宇都宮にある栃木県立美術館が長きにわたり収蔵してきた膨大なコレクションから、選りすぐった461点を出品していただき、同時に、栃木県内の鹿沼市立川上澄生美術館からも、30点ほどの作品・資料を特別出品していただくことになりました。それにより、本展は総数約500点で構成される川上澄生展となります。なお、大半が紙による版画作品であるため、保全上の理由から全会期を前期・後期に分けて、大規模な展示替を行なうことになり、各期ごとには、おおよそ280点の作品を展覧する予定です。
※このページの図版は、すべて栃木県立美術館所蔵です。
横浜に生まれ、東京で育った川上澄生(1895-1972)は、1921年、26歳のとき、宇都宮で旧制中学の教員になるとともに、本格的に木版画の制作を手がけるようになりました。その後、戦中戦後の4年ほどを除けば、他界するまでのおおよそ50年間を、一教員としてこの地で過ごし、その間、市井の一隅にあって日々の暮らしのなかから、そして遠く江戸期や明治期への憧憬、少年時代への郷愁のなかから、独自の画趣を紡ぎだし、ひたすら木版画の世界に刻みつづけていったのです。
それはまさに、「古今東西をあそぶ」というにふさわしい、何ものにもとらわれない自由奔放な「心の遊び」の世界でもありました。個々の作品は、高邁な芸術的理想や画壇的な野心からは離れ、小さな工房で日々繰り返される手作り仕事の、その素朴な制作の喜びと、川上ならではの私的な詩情やユーモアに溢れるものばかりです。板目を刻み、ばれんで刷りだしてゆく版画一枚一枚を、川上はときに絵葉書にし、カードにし、また手作り本にして、友人知人に贈り、またある時は、同人誌や版画雑誌に寄稿し、大小さまざまな展覧会にも出品しつづけてゆきました。そうした繰り返しが、いつしか川上の名を木版画家として世に知らしめることにもなっていったのですが、一介の教員としての平凡な生活のなかにあって、作り手としての川上が望んでいたことは、必ずしも著名な芸術家として注目を集めることではなかったといえるでしょう。
本展では、川上澄生の木版画の世界を、主題ごとの分類による全8章の構成をもって概観します。創作版画運動にも連鎖していた頃の、最初期の代表作である≪黒き猫≫(1922年頃)や≪初夏(はつなつ)の風≫(1926年)から、疎開先の北海道にあって多数制作した物語の版画本、あるいは後年になって大きく開花した南蛮渡来ものを主題とする作品や、文明開化に沸いた明治の風情を伝える作品まで、川上作品の全貌を見渡す構成となる予定です。長きにわたる版画人としての足跡において、川上は必ずしも技法上の熟達や審美的な洗練を目指した作家ではなかったといえるでしょう。むしろ、木版画ならではの素朴な風合いを、同じ主題においてもさまざまな角度から試してゆき、何よりその楽しさに熱中した人であったように思われます。静物、風景、人物といった古典的な主題から、古今東西の物語や南蛮・明治といった川上ならではの主題まで、川上が版に彫り、紙に刷りだしたものはさまざまでしたが、そうした主題それぞれについて、川上が何を考え、どのようなことを語っていたかを知るために、平明ながらも味わい深い川上自身の文章も、あわせて紹介したいと考えています。
本展には、川上の地元・宇都宮にある栃木県立美術館が長きにわたり収蔵してきた膨大なコレクションから、選りすぐった461点を出品していただき、同時に、栃木県内の鹿沼市立川上澄生美術館からも、30点ほどの作品・資料を特別出品していただくことになりました。それにより、本展は総数約500点で構成される川上澄生展となります。なお、大半が紙による版画作品であるため、保全上の理由から全会期を前期・後期に分けて、大規模な展示替を行なうことになり、各期ごとには、おおよそ280点の作品を展覧する予定です。
※このページの図版は、すべて栃木県立美術館所蔵です。