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スタイケンの絵本『The First Picture Book』とそのあとがきを収録した『アップダイクと私』


ただいまスタイケンの展覧会「エドワード・スタイケン写真展 モダン・エイジの光と影1923-1937」を開催しています。プロ、アマ双方の写真家たちだけでなく、高感度でファッショナブルな若い人たちにも好評で、展覧会を見終わったあとにライブラリーに立ち寄り、スタイケン特集が載っている『装苑』を手にされている姿を多く見かけます。

ライブラリ―では展覧会ごとに関連図書を置いており、どんな書籍を並べようかと思いめぐらせるのが担当の楽しみのひとつです。今回ぜひとも並べたかったのがこの写真集『初めての絵本—赤ちゃんに見せたい身近なものたち』(The First Picture Book : Everyday Things for Babies)でした。ファッション写真家として活躍したスタイケンの知られざる同時期の仕事のひとつです。


「1930年、いまや大人で結婚もしている娘のメアリーが、私のところに一つの提案を持って来た。自分の幼い子供たちが写真に興味をもつような、何かそういう本があったらいいと思うのだが、『初めての絵本—赤ちゃんに見せたい身近な物たち』という本を作れないだろうかと言うのだった。そのアイデアは私の興味を引き、結局メアリーと二人で作ることになった。」


スタイケンが回想するように、スタイケンの娘、メアリー・スタイケン・カルデロンの願いで、孫のために親子で作った写真絵本なのです。テディベア、積み木、コップに差した歯ブラシと石鹸、お皿に盛られた果物、電話器、置時計などが24点収録されています。初版は1930年、長らく絶版でしたが、1991年に復刻されて、メアリーの序文のほかに、小説家ジョン・アップダイク(1932‐2009)のあとがきが加えられました。実はこの絵本には次々と続刊が予定されていたようですが、出たのは『2番目の絵本』(The Second Picture Book)だけだったそうです。


さて、今回もうひとつご紹介しておきたいのが、アップダイクのエッセイ集『アップダイクと私』です。先日発売されたばかりのこの本を書店で偶然目にしました。個人的に大好きな作家だったこともあって、手に取って目次をぱらぱらとめくってみると、スタイケンの絵本に寄せたエッセイ(あとがき)がやっぱりありました! しかも絵本の図版が3点入っています。原文はいきなりワーズワースの詩の引用から始まることもあって、貧しい英語力のため読みすすめることをすっかり諦めていたところだったのです。このタイミングで出版してくださった編訳者の若島正さんには本当に感謝です。ちなみに先ほど引用したスタイケンの言葉は、そこに収録されたエッセイの共訳者の森慎一郎さんの翻訳です。


アップダイクのエッセイは、単なるあとがきではなく、写真に寄り添うように幼少年時代の記憶を手繰り寄せながら進んでいきます。メアリーの子供とアップダイクはほぼ同世代なのです。「小さな被写体たちは、初めてそれらを目にした子供の印象に匹敵する重みと力を帯び」、「熱く垂直に降り注ぐ照明は30年代映画のそれを思わせ」、「今にもキスしてしまいそうなポーズのヘアブラシと櫛などはとりわけハリウッド風、妖艶ながらも素朴な味わいがある」といった感じでスタイケンの作風を紹介しています。


エッセイ集には、母が撮ってくれた少年時代の写真(ポーチの日だまりで本を読む姿)について記す、「ブッキッシュな少年」も収録されていて、彼の一篇の写真論として読むこともできそうです。アップダイクはハーバード大学を卒業した後、オックスフォード大学ラスキン美術学校で絵画を学んだ経験もあり、その確かな眼差しによる美術エッセイには定評があります。


余談ですが、アップダイクにはまだ翻訳されていない3冊の美術評論集があります。『Just Looking』 、『Still Looking』 、『Always Looking』と、どれも楽しそうなタイトルが並びます。今回収録されなかったのは、「将来、単独で訳出されるのを願っての判断である。」と本書の解説にありました。どなたか訳してくださる日が来ることを心待ちにすることにいたしましょう。


ライブラリーでは、1930年版も特別に展示しています。この機会にどうぞお立ち寄りください。


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