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電話口の高峰さんは、映画のデコちゃんといっしょのあのハスキーヴォイスでした。「えぇ、お手紙拝見しましたけど、写真は自由に使ってちょうだい。あたし許可証なんてめんどうだから嫌なの。ご自由にどうぞ」
5年ほど前になりますが、成瀬巳喜男監督の展覧会で肖像写真の使用許可をいただいたときのお話です。そういえば、ちょうど今、世田谷文学館(南烏山)で成瀬巳喜男監督の特集展示が行われていますね。高峰さんのスチールや代表作となった「浮雲」の台本、そして上映会もあり、ファン必見!の催しです。
その世田谷文学館の館長を務めた佐伯彰一さんは大の自伝・伝記ファンとして知られています。欧米では文学のジャンルとして確立し、書店の棚にも「autobiography」というコーナーがありますが、日本ではまだまだ市民権を得ていないようです。佐伯先生は奇妙奇天烈な人物の伝記のお話をいつも楽しそうに語っておられました。その影響もあって、いつしか私も伝記の面白さについ引き込まれて、すっかり病みつきになってしまいました。
なかでも魅かれたのが映画人の自伝・伝記です。黒澤明、マキノ雅広、森繁久彌、高峰秀子、李香蘭こと山口淑子など・・・。とりわけハリウッド映画に出演して美術批評も手がけたサダキチ・ハルトマンの生涯は頗るつきの面白さでした。ドイツ人を父に世界を放浪、マラルメの象徴主義をアメリカに紹介し、ホイッスラーを研究、ホイットマンとの対話録を残した変わり種です。
話が横道にそれましたが、自伝はインタビューアーが聞き取ってまとめるケースが多いなか、高峰さんの『わたしの渡世日記』は忙しい女優生活のかたわら自ら筆をとりました。子役としてデビューするところから始まり、松山監督と結婚して引退するまでが描かれています。途中、黒澤監督との恋愛秘話などは、「ここまで書いていいのかな」と読む方が思わずドキドキしてしまいます。黒澤明に会いたくて、母の眼を盗んで夕方に部屋を抜け出し、彼のアパートに駆けつけるあたりはなんとも映画的!です。この本で高峰さんはエッセイスト賞を受賞しました。
その高峰さんが梅原龍三郎のモデルをつとめて、『私の梅原龍三郎』という随筆集を出しているのは有名な話。「チャーチル会」なる絵画愛好会を作って、仲間と楽しく絵を描いた、そのときの顧問が梅原龍三郎さんでした。(会の名称は日曜画家として知られた英国の元首相のウィンストン・チャーチル卿に因みます。)
2006年に縁あって、梅原さんのほかに宮本三郎、森田元子、堂本印象が描いた高峰さんの肖像画を11点、世田谷美術館に寄贈していただきました。高峰さんは引退後に公式の場に一切姿をお見せにならないので、贈呈式のセレモニーにはご主人の松山善三監督がいらっしゃいました。
今回はそれらのなかから3点の梅原作品を選んで、ライブラリー前に展示しています。こちらは無料でご覧いただけますので、ご来観の際は、ぜひ2階ライブラリーにもお立ちよりください。
*作品保護のため、展示期間は2月27日(日)までとなります。