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「古今東西を遊ぶ」というサブタイトルを付した「川上澄生:木版画の世界」展が、間もなく閉幕してしまいます。5月9日(日)が最終日となります。「良く知らなかったけれど、ちょっと面白そう…」などと思ってくださっていた方は、是非、お見逃しなく。
そう、川上澄生(1895-1972)―この木版画家の名を知る人は、必ずしも多いとはいえないでしょう。知る人ぞ知る、少々風変わりな作家で、生涯、自分のことを「素人版画家」と称しつづけました。素朴派の画家、アンリ・ルソーを「我が師父」と呼んで敬愛しつづけるとともに、一地方(宇都宮)にあって一英語教師としての生活をまっとうしつつ、仕事を終えてのちの夜間や休日に、寸暇を惜しんで制作に励みました。その意味では、確かに「日曜版画家」と称してしかるべき作家であったといえるかもしれません。
しかし、その川上が生涯に遺した作品は何千もに及び、近代日本の創作版画史にも、独自の画風をもってその名をしっかりと刻むことになりました。何度となく帝展に落選し、画家になる夢を喪いかけていた棟方志功が、川上の作品を目にして一念発起、木版画家になる決意を固めたというエピソードは、有名です。
ただ、川上はどういうわけか、世にその名を知られることよりも、自分自身の内側にあるさまざまな感情を、自分だけの世界で形にして楽しむことに没頭しつづけました。少年時代を過ごした明治期の東京の風情から、かなわぬ初恋の人への想い、あるいは宇都宮にあって日々目にするとりとめのない暮らしの断片から、胸の内に膨らむ南蛮渡来文化への憧憬まで、その画材はさまざまでしたが、どれもこれも、川上ならではの風変わりな感覚に裏打ちされているものばかりです。
それらひとつひとつを版木に彫り、自ら刷りだし、たとえば本に閉じたり… といった手仕事を、小さな自室で繰り返すこと、それじたいが川上にとっては無常の喜びであったようです。高邁な芸術論や中央画壇での名声などには背を向け、とにもかくにも日々次々と、自分が作りたい作品をひたすら作りつづけた作家でした。
だからといって、けして楽天的な性格ではなく、天真爛漫というわけでもなく、ある意味では人並みはずれて生真面目で、どちらかといえば厭世的、消極的、内向的ですらあった人物のようにも想われますが、そこにこの手作り版画工房の主の、何とも掴みどころのない不思議があります。その不思議な世界を是非、皆様も垣間見にいらしてください。