企画展


タイトル

よみがえる宮本三郎 はぐくまれた華麗な世界

1999年4月3日~7月4日


 

 宮本三郎は、昭和洋画檀を支え、偉大な足跡を残しながら、激動の時代を彩った画家です。昨年(1998年)世田谷美術館は、宮本三郎が昭和10年(1935年)以来、制作の拠点とした世田谷区奥沢のアトリエに眠り続けていた4000点に及ぶ膨大な作品群を、遺族より受贈しました。それらは代表作はもちろんのこと、多くの未発表作品を含み、宮本三郎の画業を克明に伝えるものです。
 本展では、この作品群の中から油彩画約200点、デッサンなど約100点を一挙に公開し、宮本三郎の初期から絶筆にいたるまでの画業を回顧し、その華麗な世界の内奥をさぐろうとするものです。
 明治38年(1905年)、石川県小松市に生まれた宮本三郎は、弱冠15歳で画家を志し、故郷を離れ、藤島武二や黒田重太郎、前田寛治、安井曾太郎らの指導を受け、昭和11年(1936)には二科会会員に推挙され、画家としての地歩をかためます。昭和13年には渡欧し、西洋美術の本質に対峙し多くの収穫を得ましたが、第二次世界大戦の勃発によって帰国を余儀なくされ、戦時中は記録画制作のために従軍し、「山下、パーシバル両司令官会見図」など、数々の話題作品を残しました。
 戦後は色彩豊かな生命感溢れる女性を描いた代表作を手掛ける一方、金沢市立美術工芸大学、多摩美術大学などで後進の指導にあたる他、昭和22年(1947)には、戦後洋画檀の有力な一翼となった二紀会を、栗原信、田村孝之介らと共に創立に尽力するなど、戦後の洋画檀に大きく貢献し、昭和41年(1966)には芸術院会員に推挙されました。
 宮本は69歳(1974)で他界するまで、その50年余りにわたる創作活動において、初期の安井曾太郎の強い影響は言うに及ばず、渡仏してドラクロワ、ドガ、モネ、ルノワール、セザンヌ、マティス、ボナール、モディリアーニ等、当時影響力のあった殆どあらゆる有力作家たちの作品を、自らの制作を通じて、つぶさに研究し、研鑽を加えていきました。そのあくなき探究心は生涯を通じて保たれ、優れた写実力を基礎に、華麗な色彩世界をはぐくみながら、実り豊かな世界を築きあげていきました。その多彩で豊饒な土壌が、今回の未発表作品群の公開によって如実に示されています。没後25年の時を経て今明かされる、華麗な世界の内奥をお楽しみ下さい。